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修道とは④「修方の責任」──『經坐輯要』より

       『經坐輯要』という初修の方々に向けて書かれた冊子があります。基本的なことがとても簡略にまとめられており、道院に求修されたばかりの方だけでなく、まだ求修されていない方にも参考になる内容です。少しでもこの文章が参考になり、一人でも多くの方が道に進まれることを願います。

      この『經坐輯要』からすでに3回に分けて紹介しましたが、今回は4回目「修方の責任」です。責任であり、役目でもあります。

       次より、『經坐輯要』の抜粋となります。

     

    修方の責任

    修方の責任は三つ。

     

    (一)渡己渡人救國救世  己を救い人を救い国を救い世を救う

     

    (二)化救浩刼  広がる劫を消し救う

    (1)根本の化刼(災刼を消すこと)は人心を正し、救うに在り。

    (2)有形の刼を化すは、慈護の道を以って災難より救済するにあり。

    (3)無形の刼(現実化していない災刼)を化すは、善霊を集めるにあり(※)。刼氛を弭化(ミカ/消滅せること)し、形は無となる。

    ※善霊を集めるにあり:スピリチュアル的な意味ではなく、刼を化すことを目的として人が集まることを指す。過去の文献を読むと、『太乙北極真経』を誦経したり、扶乩や祭典に道院に人が集まる姿を神仙がご覧になり、善霊が集まり、刼を化せた(消した)という訓文が散見される。

     

    (三)昌道興慈  道を昌(さかん)にし、慈を起こす

    老祖訓

    「道を肩(にな)い慈に務めるはただ堅誠に在り。堅誠を保てば、金石為開(※)す。この精神を以って道を倡(ひろ)め、慈を興こせば、道は昌(さかん)となり、慈もまた興る」

    ※金石為開:精神一到何事か成らざらんの意。山森の中で寝ている虎を見つけ、弓矢を深々と打ち込む。しかし、その虎は堅い岩であった故事来歴より。

    「道は必ず、己を正し人を正しくす。正しい世界は、後世の用を正す。慈は必ず世界の萬世萬有を救う用がある。この方(方法)だけが真の道慈と言うことができる」

     

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