お知らせ

日本総院創立記念日祭典と扁額「誠正和平」について

  農歴庚子年十月初一日(2020年11月15日)に、日本総院創立58周年記念の祭典が行われました。誦経も行われ、ご参加くださった方々に深く感謝いたします。

今回は総院という名称について、また扁額「誠正和平」について書かせていただきます。

 

〇総院という名称について

  各国の首都に設けられた道院は「総院」と称されます。その国の院会の中心となり、その国の各地にある院会の統括を行います。『道慈綱要 大道篇』に載っている統系図を簡略化すると以下の通りとなります。

母院──総院──主院──省院──縣院──支院──奇修所(本来は縦書き)

  当時の中国の省や縣の制度により決まっているため、現在に合わない部分もありますが、しかし母院──総院──主院……と続く、この機構は現在も守られています。

 

〇扁額「誠正和平」について

   日本の道院は霊績真人(出口王仁三郎聖師)との提携によりはじまりますが、弾圧により一度潰えます。その後、1952年(昭和27年)ごろから再興の動きが始まり、10年後の1962年昭和37年)10月28日、即ち農歴壬寅年十月一日に東京原宿の籌備所(道院になる前の準備段階の名称)として発足します。この時に香港での書画壇にて賜ったのが「誠正和平」の扁額です。(発足時の歴史は『道院 世界紅卍字会 日本総院会の歩み 50周年史』をご覧ください)。

  過去の会報誌より、この「誠正和平」が解説された訓文を紹介したいと思います。

「甲辰年五月二十日處科 濟佛訓(慈院掌籍)

(全体に対する訓、笹目秀和氏への訓があり、その後に『誠正和平』の訓が続く)

   東瀛(とうえい※)の額は「誠正和平」である。この四字はすでに宏深な意義を包涵している。各方が未だこれを求め、研を加えないことを惜しむ。明澈することを期待するなり。

   これを略言してみると『誠』とは天の道を為すにある。我々、修道人の誠とは天の心が一切自然に及ぼして成るが如く、少しの無理もなく、水の低きに流れる如く、大自然の化育に参ずる態度に合することである。

    『正』とは自然の正軌である。自分自身の心を正しくして、人の心に及ぼし、以て世人の心に及ぼすのである。世人の心が能く正しくなってゆけば、知らず知らずの間に自然の正軌に合することになるものである。

  『和』とは、春風がそうっと人の顔を撫でてゆくようなものである。このように爽やかな、なんらの抵抗のないやわらかな感じを以て人を化することの偉大な効果を、まず修道人われ自ら為し始めなければならない。

  『平』とは、一切の災刼患難を平にすることである。その平を得ようとするならば、必ずまずわが院の坐を励むことによって、そこから生ずるところの悟りから始めなければならない。それにはまず吾が心、吾が気を平にして、微塵の不平もなからしめなければならない。

  このようにして誠正和平の四字を拡張発展せしむることは、皆一個の修人、吾よりなし初めなければならない。考えてみると毎字には毎字の真解があり、毎字に毎字の工夫があって、四字ことごとく能く真意義を発揮し得れば、はじめて世界は太平を期することが出来る。衆生は皆、天国に上り、修人はことごとく仙仏となる。

   こうした工夫はなかなか難しいことは事実であるが、そうかといってそうした意義を知らず求めず、為すことも無く、明(悟る)ることも無いままにしておったならば、それこそ永遠に成道する日はないであろう。かつ、吾が荷うところの天職と大責任宏願を放棄してしまったならば、道は一体いずこに在りというべきか、慈はいずれに存するというべきか。そうなった場合、吾が身、仮合の体などというものの存在意義などあったものではない。(この後、笹目秀和氏への訓が続く)

(会報誌『日本卍月刊』昭和40年4月号)

※東瀛:とうえい。瀛は大海のこと。中国大陸から見た東の大海の意味で、転じて日本を指す。

 

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