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日本総院(東京総院)六十周年と戦後の歩み④ 年表1961~1962年

  本年農歴壬寅十月一日、2022年10月25日(火)に東京総院は六十周年を迎えるにあたり、総院が創立するまでの経緯を年表にまとめました。今回は1961~1962年です。

 

一九六一年

辛丑年九月二十二日處科 

・社団法人日本紅卍字会日本総会として許可が見込まれる段になったため、正式な設立許可を呈報する。しかし、濟佛訓により、現在の経済的な不安定さでは永く保つことはできない。再度、検討せよという主旨が示される。また指導で香港道院・王瀾観会長が日本に派されることが決まる。

同日、宣珠(青井堅氏)、聯洽専員へ許可される。後の日本紅卍字会の会長となる宣珠の名の初出と思われる。

 

一九六二年

 

 西暦一月

 ・籌備處、渋谷区原宿(現、神宮前)に移転

 

 西暦一月二十五日

・社団法人日本紅卍字会が認可される。

 

壬寅年正月二十三日處科

・濟佛訓「弈霊(呉清源氏)を派して本処(香港総処)の責任副監理兼東瀛道慈統監と為す」と弈霊に香港と日本の橋渡し役が命じられる。その他、悟天、尋賢に対する訓あり。

 

壬寅年二月二十一日處科

・法人登録の件に対しての孚聖訓「(前略)悟天・弈霊・扶化(大嶋豊氏)・尋賢の四氏を主体と為して、一致して進捗の方針を協議し、然る後に会議に議案として、付議するを甚だ適当とする。均しく願の通りに許可する。将来化尋(扶化・尋賢)二子が本処に来れば、つとめてまさに行うべき事の順序及び道慈一切の策略(準備)につき、詳細に検討なすことが肝要である。二子の来処の折には、皆各監理より善く招待なして、即応すべき節目(項目)を説明せよ。」

 

西暦七月七日           

・大嶋扶化氏・林出尋賢氏が孚聖訓に基づき、香港総母宗および台北道院へ出発する。

 

壬寅年六月十二日 南光亭特處科

・特壇。孚聖訓。総院の開所式が農歴十月一日(西暦十月二十八日)に決定される(訓文は後述)

 

 

香港に旅立つ林出尋賢(左)と大嶋扶化(右)

 

 

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