運木古井戸

運木古井戸
月刊誌に、ある日本人の修方が帰道(亡くなる)の報告をしたところ、扶乩によると帰道の後の状況は、螢が飛ぶように霊が定まらずにいたが、済仏が救い南屏山で瞑修していると示されました。
済仏様は日本ではほとんど知られていませんが、一般には済公と呼ばれ中国、台湾などで最も知られた禅僧でドラマや映画になるほど人気があり有名であります。
私が30代の頃、上海から列車で3、4時間の所に坑州があり、済仏様のゆかりの霊隠寺と浄慈寺を訪ねたことがあります。
浄慈寺の和尚様に笹目先生の著作の『済仏伝』を寄贈し寺を辞そうとした時、中庭に数人が覗き込んでいる井戸を見ました。この井戸は済仏様ゆかりの古井戸だと気がつきましたので私も古井戸の中を覗き込みました。
済仏余譚
古い月刊誌に済仏様を紹介した本会理事の文章があります。
不思議な乞食坊主 浄慈寺の怪僧
紅卍字会の御神前正面に大幅の書が掲げられている。(いずれも扶乩によるもの)「善縁」の二字は老祖様の御神書。
今一つは「愛善」で、右上に顛書とあり、済仏様の御書である。しかも済仏様の訓は絶えず本誌に掲載されている。
道院では慈院掌籍の職掌を司っておられる。私は驚き且つ感激した。
私が青年時代、「済仏伝」を興味深く、熱心に読んだとき、痛快なお坊さんといった程度の記憶が甦ったからである。その記憶をおぼろ気にたどったのが、次の話である。
浄慈寺に現れた小僧
昔から中国の抗州に霊隠寺と並んで、浄慈寺の二大名刹があることは余りにも有名である。
その浄慈寺には京都の東本願寺より遥かに規模が大きく全国から集まった何千という修行僧が日夜勤行し、仏道の研鑽に余念がなかった。またこの浄慈寺に参詣する善男善女はひきもきらず、実に慇盛を極めていたのである。
ある日、一人の小汚い乞食坊主がこの寺にひょっこり現われ、入門させてくれと乞うた。
手足は垢にまみれ、見るからに不潔そのもので、周囲の者は鼻をつまむ程のおんぼろ姿をしている。
乞食坊主はさかんに入門させろと掛け合うが、周囲の者は誰も相手にしようとしない、さらに大声で喚くとう始末、あまりに騒々しいので、何事ならんと浄慈寺の大和尚が姿を現した。
さすがにこの寺の大和尚は永年の修行を積んで、過去、現在、未来を洞察できる程の悟りの境地にあった名僧である。
乞食坊主は済公と呼ばれ、成程、見れば乞食坊主である。
大和尚は一見するなり、これは只者ではない。相当前歴を有している者だわい!と含むところがあり、何食わぬ顔して「お前たちは何をそんなに騒ぐか?他人の服装動作などに捉われるでないぞ。その客人を入れてやれ!」と軽くたしなめながら、済公を迎え、引見した。
この様にして、済公は浄慈寺に入門することが許されたのである。
修行僧にとっては当然のことながら、浄慈寺の日常生活はまことに厳格で規則ずくめであり、整然としている。
ところが折角入門を許されたこの済公、一向にこれらの規則を守ろうとせず、超然としている。態度も相変わらず横柄に構えている。
その上に毎日酒ばかり呷っている。さらに肉をほうばり、さては犬の肉(狗肉)をも喰らうという有様である。傍に寄ると臭くて鼻もちならない。
弟子共はこれを見て、寺の権威、面目に拘ると和尚の許へ再三、陳情、苦言に及ぶのであるが、和尚は「構わんから、捨ておけ!いいようにさせておけ!」と一向に取りあげてくれない。
弟子の中には、和尚は不公平だ、われわれには厳しく、済公にはあのように寛大とは怪しからんとというわけで不平、不満の色を露骨に現し、なおも諦めず和尚の許へ抗議を続けたたが、さっぱりその効果がみられなかった。
お姫さまの参詣
ある時、浄慈寺の檀家から使いの人が参り「只今、突然ながら、うちのお姫様がこちらに参詣されることになりました」と告げに来たのである。
この檀家は近くの富豪で、寺にとっても大切な施主であった。そこのお嬢さんが寺に参るというのである。自身は輿に乗り、多くの召使いを引き伴れた姿はまるで藩公のお妃か、大家のお姫さまといった堂々たるものである。
ところがこのお姫さまの正体は邪火の神(火難をおこす厄神)で、浄慈寺に参拝し、焼香するというその目的は、この寺に火をつけ、焼き滅ぼそうと、恐ろしい企みを抱いていたのであるが、その真相は大和尚はもちろん誰も皆知る者はなかった。
これを見た済公は、内々ひそかに「これは大変だ!寺を焼き亡ぼしにやってきた!」と咄嗟に一計を案じ、山門の入口に丸の素っ裸となり、褌までかなぐり捨てて仰向けに大の字になって寝そべったのである。いつものようにグデングデンに酔っ払い、犬の肉をムシャムシャ喰らっている。
お姫さまの一行は、このために進むに進めず、山門の近くまで来て立ち往生している。
寺の一行はビックリ仰天してしまった。済公を制止しようとして、呼べど、叫べども一向に耳をかさないどころか、益々その狂態、狼藉は激しくなるばかりで全く正視できない状態である。
一人の番僧が顔色を変えて、済公に「お姫さまが山門にお入りになれないではないか!早く道を開けないか!そこを退け退け!」と大声で怒鳴っている。
この騒ぎの中へ、大和尚がやって来て済公を足で蹴飛ばし「なんたる態だ、その格好は!」
済公は仰向けに寝そべったまま「ああぁ左様か、ところで和尚にお訊ねするが、和尚は有事(寺)がよいか無事(寺)がよいか、どちらを撰びますか?」
「わかりきったことだ。無事(寺)に如くはない。この馬鹿者め!」と思わず大喝した。
なにを思ったか、済公はすくっと立ち上がり「あら恥かしや」とボソボソつぶやきながら、こそこそと何処かへ立ち去ってしまった。
大和尚は、お姫さまに遺憾の意を表し、重々にこの非礼を詫び、「何卒、わしに免じて彼奴をご勘弁願いたい」と陳謝するのであった。
絶世の美人で盛装を凝らし姫を乗せた輿は元通り、列を組み、山門に向かって進みはじめた。山門の両側には数多くの役僧、修業僧が恐縮して一行を迎い入れたのである。
浄慈寺の焼失
怪しいまでに美しい姫はやがて、奥深く堂の前に進み出で、何事か念じながら焼香をした。
この時、屋外には一陣の強風が吹き起こっていた。姫は焼香と見せかけ、素早く本堂に放火したのである。
さあ、大変、寺の内外は上へ下への大修羅場と化した。
見る見るうちに火炎は次から次へ燃え移り、瞬くうちにさしもの宏大な浄慈寺も焼失してしまったのである。
そこへひょっこり済公が現れて、大和尚に「それみたことか!わしがあの女を寺に入れまいと計ったところ、みんなはわしを無理に引き留めたではないか。先刻、わしは有事か無事かと問うた時、和尚は無事がよいといったではないか!寺は今、無くなったから、これでよかろう」と、うそぶいている。
その時、大和尚はやはり只の済公、乞食坊主ではないわい!と深く悟るところがあったのである。
寺の再建復興
然し、大和尚は大切な伽藍を焼失したので、深く苦悩し泣き悲しんだのである。
済公は平然と「わしが何とかするよ!」
一同はまた大言壮語しやがる―と思ったが、寺の復興再建のため、みんなで協力し、托鉢することとなった。
済公は「どれ、わしも先に出かけようか」といい残してどこかへ出て行った。
福建においての托鉢
福建省は山岳や森林が多く、木材を産出するので有名である。
ある時、済公は例の姿で一軒の家の前に立ち、朝から晩まで木魚を叩き、読経を続けていた。この家は、先年主人が亡くなったが、大変な山の持ち主である。
後家さんが表に表れ「今は主人もおらず、お金も乏しいので、沢山なことはできないが・・・」と断り、幾ばくかの小銭を喜捨しようとしたところ、済公はこれを遮り
「金は要らない。実は木が欲しい」
「金はないが木材なら山にいくらでもある、どれ位要りますか?」
「わしの袈裟を広げた程度でよい」
「袈裟一枚分でよろしいか」
「その通り」
さてそこで済公は、約束通り自分が纏っているおんぼろの袈裟を脱いで、これを広げて一振り廻したその途端、一面は真っ暗になった。
そうでなくても、この一帯は九山六奥の地区である。樹木が多いので陽の光が当たらない。それが真っ暗になったのである。
後家さんは驚いた。
「それでは妾の山全体を差し上げなければなりません」とおいおい泣き出した。
済公は「泣くことはない。八、九年もすれば、元通りの山になるよ」
成程この地方の樹木は「柩材」で有名な松の系統が多く、成長が早く、九年も経てばもとの森林になるのである。
かくて済公は杭州へ戻って来た。
大和尚は早速「寄進、托鉢はどうだった?」
「わしは、木(材)だけ貰っておいた」
「そうか!当方も大施主のおかげで再建に要する大工、左官その他の目星は大体決定した。只一つ残るのは木材なのだ」
「木(材)は私が引き受けた」
「済公。お前は簡単に引き受けたというが、再建に要する木材は大量なんだぞ、大丈夫か?」
「大丈夫だ」
「そんな夥しい木材を貰ったとは本当か?」
和尚は最も心配していた木材の見透しがついたので、いよいよ本格的に設計にとりかかった。
この設計に基づいて準備万端整ったが、肝心の木材が一向に来ない。厖大な木材の量は筏に乗せて遥か福建から杭州に運搬するとなれば優に一年を要するのである。和尚は気が気でなく頭を抱えた。
「和尚!心配は無用。最終的な責任はわしだよ」済公は相変わらず、少しも騒がず平然と済ましている
不思議な古井戸
焼野原と化した広大な浄慈寺の一隅に、昔からの古井戸があった。
済公はこの井戸の傍に棟梁達を呼び集め「今から木材を渡すから、必要なだけ掻き出してみろ!」棟梁たちは「その木材は何処にあるか」と訝しがるのも無理はなかった。
さて、済公がこの古井戸から木材を次々と引き上げた。棟梁たちがこれを受けとり、積んでも積んでも、木材はどんどん出てくるのである。大変な量の木材である。
棟梁たちは余りの不思議さに只呆然とするばかりである。
済公は「さあ、掻き出しただけの木材はこれで全部揃ったろう。まだ足りないものはないか?」
ところが大変なことに、肝心の梁材が一本足りない。棟梁たちは狼狽した。
よく見れば件の井戸の底に大きな梁材が一本残っている。どうしたものか、いくら引っ張り上げようとしても取り出せない。どうしても引き上げられないのである。(今日でも浄慈寺の古井戸の底に大きな木材が残っていると伝えられている)
仕方がないので棟梁たちは別の梁材の上に大鋸屑をうまく貼り付けて、やっと最後の梁に充てたということである。
浄慈寺の再興成る
さて、浄慈寺の再建はここに一応完結した。
ただ一つ、108体の羅漢像に金箔を貼りつける作業ばかりとなった。これ亦夥しい金が必要であるがなかなか集まらない。一同は又しても弱った。済公は「あとはわしに関係ないぞ」と素知らぬ顔をしている。
日が暮れると、寺の裏口で例によって大酒を飲み、牛や犬の肉を煮込んで盛んに喰らっている。その辺はまた生臭いこと甚だしい。
大和尚はこれを大目にみて、文句を言おうとしない。
寺の一同は「あの態では寺の対面も何もあったものじゃない。あいつがおっては寺に寄附する者もなくなるばかりだ!」とさかんに攻撃する。
済公は泥酔し、猛烈な臭気を撒き散らかしながら出て来た。
片手に籐の鞭を振り回す、さらに頬りに嘔吐をくり返す。一同は逃げる。また追っかけゲロゲロ吐き出してはあかんべえをして廻る始末で手がつけられない。その内に山門の外へ飛び出したので、役僧が内から山門を閉ざしてしまった。
翌朝、一同が汚された辺りを一斉に掃除しようとやって来て驚いた。
狗肉、牛肉、酒などを吐きつけいた羅漢像108体を始め、その辺り一面は金ピカ燦然と輝いていたのである。済公は何処ともなく、そのまま姿を消してしまっていた。
※埼玉道院 2013年5月6日より転載





